超低速起稿

都内在住のDJによるサブカルチャーと占術の談話

臨死体験で何を得るか?のまとめと仮説/フィロソフィーの箪笥02

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◼️フィロソフィーの箪笥
Dear,ラマヌジャン

極めて直感的、天才的な閃きによりいくつもの定理を発見した「インドの魔術師」ことインドの数学者ラマヌジャン。彼の直感的なイメージ、ラマヌジャンが見えていたものが、100年後の人類にようやく見えはじめている。また哲学も同じようなものだ。

 

鑑定士あんも屋の独自の目線から考えるみんなのための仮説・思考・思想・哲学・証明。

 

 

【死後の世界を探究する】

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Netflix オリジナルドキュメンタリー。

そのタイトル通り、人間が死んだ後の世界について探る全6話のドキュメンタリーシリーズだ。1991年生まれのドキュメンタリー作品の新鋭、アメリカにおける人工中絶をめぐる政治運動を取り上げた映画『彼女の権利、彼らの決断』(2018) でアニー・スンドベルグと共同監督を務めたリッキー・スターンが監督を務める。

 

このドキュメンタリーの中で臨死体験をした後の変化について興味深いものがあった。

人は一度死ぬと別の価値観で返ってくるらしい。

これって、よく幻覚剤、LSDでもよく言われているエゴデス(自我の死)に近いもの…?

 

 

◼️臨死体験後に起きる変化

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ケネス・リングやシェリー・サザランドの研究によると、何割かの臨死体験者は、体験後に「他人への同情心が深まり、他人の手助けをしたいという願望が強まった」と回答している。体験前は粗暴で暴力的であった人物が、臨死体験後は他者につくす献身的な人格に変わるという例もある。

 

【人生への評価】何気ない会話、行動、自然など、日々の生活にある《当たり前のもの》を評価するようになる


【自己受容】他者からの評価を気にせずに、ありのままの自分を認められるようになる


【他者への気遣い】他者への思いやりが増大する


【生命への尊敬の念】特に環境問題や生態系への関心が強まる


【反競争主義】社会的な成功のための競争への関心が弱まる


反物質主義】から【精神性への移行】物質的な報酬への興味は薄れ、臨死体験で起きた精神的変容へ関心が移行する


【知識欲求】精神的な知識への強烈な渇きを覚えるようになる


【目的意識】人生は意味に満ちており、すべての人生には神聖な目的があるという意識が育つ


【死の恐怖の克服】死への恐怖は完全に克服される。死のプロセス自体への恐怖は残る傾向もある


【死後の世界の確信】【生まれ変わりの存在についての肯定的な信頼】が育つ


【自殺の否定】


【光への信頼】 


【自己超越】小さな自己という殻を破り、宇宙全体へと開かれていく心の成長をのぞむ


【サイキック現象】ヒーリング・予知・テレパシー・透視などの体験が数多く起こることが確認されている


アメリカに住むある臨死体験者は、自らの変容についてこうまとめている。

臨死体験が起きる前、私の優先事項は滅茶苦茶だった。その順位が完全にひっくりかえった。一番上だったものが一番下になった。人生を一日一日大切に生きるということがわかった

 

なんだか現実世界に返ってきたら全然別人になってかえってきちゃったなんてことは結構あるみたいですが、どうやら

 

臨死体験、悟り、幻覚剤によるエゴデス

 

これは全て繋がっていそうです。

 

◼️「悟り」は、エゴ・自我意識の死

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すべての現実、状況、状態を「私」が創り出していることを
深く確信することが「悟り」ですが、
 

「悟り」を深めていく次の段階としては、
すべてを「私」が創り出していると確信した上で、
「私」が「私」自身だと思い込んできた
エゴ・自我意識を降ろし、手放していきます。

 
 
 
エゴ・自我意識を降ろし、手放すには、
「私」が「私」だと思い込んできたことが、
実体がなく、「考え」に過ぎないという自覚が
伴っていなければいけません。
 
 


エゴ・自我意識には、
「ああだ」「こうだ」というポリシーや主張があり、
「あれしたい」「これしたい」という「欲」や執着があり、
心の癖、習慣があります。
 
 


「悟り」を深めようという意志があるならば、
それらを「私」自身ではない!と自ら降ろしていくのです。
 
 


相手の話を聞くとき、「私」の言いたいことを降ろして、
相手の話を受け入れてみます。
 
 


相手と協調して、何かを遂行しようとするとき、
「私」がやりたいことを降ろし、
相手のやりたいことを受け入ることもあります。
 
 


「私」を降ろし、相手に譲るわけです。

 
 
 
目の前の現実は起こっているだけだと、
ただ受け入れ、
「自分だったらこうする!」という
今までのスタイルや生き方を降ろします。
 
 


自然に、「私」が執着していることや「欲」を
手放すことになるでしょう。
 
 


「私」の意見や主張を言わず、
やりたいことをせずに「私」を降ろすことは、
我慢することと同じように感じると思います。
 
 


しかし、「私」を降ろすときは、
現実の犠牲になるのではなく、
主人として、自ら能動的に降ろすのです。
 
 


自ら能動的に降ろすためには、
「私」に感謝し、「私」が幸せで、
満ちていることが重要です。
 
 


不幸せで、不足感があるときに、
「私」を降ろすことに無理があり、
ただ我慢することになってしまいます。
 
 


幸せを外側から得ようとしているとき、
一時的に得たとしても、すぐに消え去り、
幸せな状態は続きません。
 
 


「私」が「私」に与えることで、
永続的な幸せがやってきて、
感謝する心が生まれます。

 

<私>を思い出すこと、それが悟りです!ドルフィニスト篤より

 

 

 

 

んー、よくわからんけど、とにかく悟り→自我の死によって性格的な事は変わるらしい。

幻覚剤においても一度の使用で性格が変わるぞー!という研究発表もありますた。

 

 

◼️幻覚剤は1回使用しただけで性格が変わる…研究発表

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31年間に渡る科学的な研究をまとめたメタアナリシスによると、LSDや幻覚キノコなどの幻覚剤を一度でも使用した人には性格の変化が見られ、またその変化は持続したそうだ。学術誌「Neuroscience & Biobehavioral Reviews」が発表した。 

神経生物学、薬理学などの研究が進むにつれ、科学の力で幻覚剤が人間にどのように作用するかが解明されつつある。今回、ブラジルとスペインの研究者チームが1985年から2016年までに発表された369件の学術研究のうち、特にセロトニン作動性の幻覚剤に言及したもの18件を調べた結果、幻覚剤の使用による性格の変化が確認されたそうだ。 

効果は薬物によっても摂取する人によっても様々なようだが、脳の視覚的な働きに大きく影響し、時間と空間の感覚が変化したり、自己を超越して広い世界とつながる一体感を感じたり、高揚感を伴う幻覚を見るという。

LSD、幻覚キノコとアヤワスカを使用した臨床実験の結果をまとめたところ、いずれの薬物を使用した人には長期的(あるいは恒久的)な性格の変化が見られたそうだ。

特に少量の薬物を臨床研究のために摂取した被験者においては、摂取しなかった被験者よりも「経験への開放性」という項目において高い数値を記録したという。いくつかの研究においては、薬物摂取後に一年以上も持続した抗うつ効果が見られた場合もあったそうだ。 

discoveryより  

 

 

◼️仮説

 

ひとつの仮説として、

 

1度死ぬ前の形成された【自分というエゴ】は、時代、社会、教育、環境、トラウマ、という外部からの影響によって存在しているようなもの。

つまり過去が今を形成しているということ。

それを理解、というか保有した状態で1度死んでから現世に戻ったらなにがその後に残るか?と言うと善なる心や慈愛の精神であることは間違いない。

たぶん、臨死体験や幻覚剤や悟り、どれを取ったとしても愛や命の尊さへの理解に辿り着くはず。

死の恐怖(バッドトリップ)を終えて再び戻ってくることで世界の真理に辿り着くことができる。

 

例えばタロットカード20番目のカード

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▲JUDGEMENT 審判

復活のカード

 

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▲21番目がWORLD

世界のカード。

つまり世界の真実にたどり着いたり、その物語の終着地点だったり、ということ。

 

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復活したイエス・キリストは初代教会の迫害者サウロの前に現れて彼を回心させたり、

その後も、自分が生きていることの数多くの証拠をもって弟子たちに示したり、40日にわたって彼らの前に現われ、神の国について話たりした。

 

 

実は人は生きるために生まれてくるのではなく、死ぬために生まれてきたのではないか?と思えるわけだが、

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仏教の世界では

死ぬということ=浄土

浄土は成仏を目標とする菩薩の世界。清浄な空間。

極楽浄土。つまり煩悩の浄化ということ。

臨死体験はこの浄化作用、ろ過的な役割を果たしているのかもしれない。人は一生を通して煩悩を得て捨てる旅をしている。じゃ煩悩ってなんだよってなった時に公式では【人間の諸悪の根源】と言われている。

 

サンボマスター的に言うと

「欲望ロックという曲です…」

 

煩悩=人間の諸悪の根源=欲望

 

やっぱり欲望がダメだよねーということらしい。

 

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エピクテトス

 

みなさん「エピクテトス」という哲学者をご存じだろうか? 「ストイック」(禁欲的)という生き方を打ち出した源泉のひとつと言われております。

 有名な人、有力な人、あるいは評判のよい人を目にした時、君は心像に拉致されて 、その人を「幸せな人だなあ」と思い込まないように注意するがよい。というのも、善の実質が「我々次第であるもの」のうちにあるならば、羨望や嫉妬が生まれてくる余地はないからだ。

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▲地位や名誉、財産など、翻ってよく考えてみれば、我々が欲望を向けているものの多くは、実は自分にはどうにもできないものばかり。

 

誰かを羨ましく思っても、その地位や名誉を自分の裁量でどうにかできるわけではない。にもかかわらず、他人の成功や繁栄を見て羨望の念を抱き、自分も目立ちたくなったり、不必要な競争に駆り立てられたりして、結果として自分が苦しむのは間違いなく愚かなことだ。

真の意味で自由に生きるためには、こうした「我々次第でないもの」に囚われてはいけない。それが幸福への近道なのである。

 

しかし、まだ欲望は絶対禁忌というものに対して疑念が残る。

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我々次第ではないものに分類されるものは、ほぼほぼ他者が絡むが、

例えば、全裸で誰もいない夜道を爆走しながら発狂したいという欲求を持つとする。それは確実に我々次第である行動。

誰もいない状況であれば完成されたコントロールされた意欲だが、誰か一人でもその場所にいたらどうだろうか。彼は1人で暴れたかったが、なんらかの事故によってその姿を見られてしまう。

仮に発狂者をA、その目撃者をBとしよう。

Bは正常な人間で一般的な教育で育ってきた人物だ。

Aの行動は欲を解放した異常者として判断されるだろう。

 

つまり、これは誰も見ていなかったら何もなかったということになりはしないだろうか?

 

確かにそこに欲望はあったが、誰もいなかったならばその欲望はコントロールされた意欲に留まる。

案外、こっそり欲望を解放するというのはある種において理にかなっている行為なのかもしれない。

しかし、エゴデスによって大抵の煩悩は浄化されるため、こういったよくわからない奇行欲や事件も減る可能性がある。

正常な人間の奇行というのは過去の出来事で形成されている。

なぜなら感情的な行為だからだ。

感情的になった理由はひとつしかない煩悩を手放せなかったことの苦しみだ。

エゴデスはそれを浄化できると考える。

 

◼️まとめ

仮に全人類が一切に、同時多発的に幻覚剤を使用するとしよう。使用後の世界の人々は生まれてきた役割を果たすためのヒントを何かしら得るかもしれないし、汚れのない魂を取り戻すかもしれない。

 

「意外と、死ぬということは恐れることでは無いよー」

というスピ系のそれをなんとなく理解したような気がする…。

 

 

 

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